沖縄慰霊の日,「平和の詩」朗読、小6の山内玲奈さん2019/06/24 16:04

6月23日沖縄慰霊の日における戦没者追悼式で小6の山内玲奈さんが平和の大切さを訴えた「平和の詩」を朗読しました. 玲奈さんは74年前,多くの人命を奪った沖縄戦の情景を想像し,戦争の悲さんさを 決して繰り返してはいけないと非戦を訴えています.そして,「お金持ちになることや 有名になることが  幸せではない  家族と友達と笑い合える毎日こそが  本当の幸せだ,」と平凡な生活に希望の持てる平和を願っています.

以前,このブログで戦争を体験しない世代の時代になり,戦前回帰の風潮に若い人々が抗すことが出来るかと危惧しておりました. 平和の大切さをしっかりと考えている小6の玲奈さんを知り,彼女のような子どもたちが 沢山成長してくれると希望が持てるのですが.

最近,この国の有り様を歪めているのは,小中高大の教育システムにあるのではと考えています. というのは,玲奈さんいうところの「お金持ちになることや 有名になることが  幸せではない 」とは真逆の「お金持ちになることや 有名になる」ために都合の良い教育システムすなわちエリー校の存在です. 半世紀前までは一流大学の代表である東大入学者は一高校にかたよることなく全国に分布していて,どんな田舎の高校でも2,3人の合格者がでていました. 今はどうでしょう,地方の高校からの東大合格は殆ど不可能になる一方有名進学校では一高校で数百人の東大合格者を出しています. そうした高校に入るための中学校,小学校が存在します.そこでは受験にある種偏った教育がなされているのではないでしょうか.そうしたた教育を受けたエリートたちがこの国を動かすようになり,この国の有り様を歪めてきたのではないでしょうか. この国を正常に戻すには,大学入学の仕組みを替えて,一教育機関からの合格者を20名程度に制限するのがよいでしょう.そうすることにより,全国的に多様な人材,高い志を持った人材を集めることが出来るでしょう. 高中小の教育機関も受験に偏らない本来の教育が可能になるでしょう. しかし一度回り始めた歯車を止めるのは至難かも知れません.






6月15日 今日は何の日2019/06/15 11:43

60年6月15日、岸内閣により強引にすすめられた安全保障条約に反対する闘争のさなか、警察隊との衝突で東大の学生だった樺美智子さんが命をおとし、多数の学生が重傷を負いました.当時の学生たちは暴政に対してやむにやまれず立ち上ったのでした.
今、当時の首相の孫の政権によって戦前回帰の企てが勧められています.当時よりも危うい状況にあると言えるのではないでしょうか. しかし学生たちや若い人たちの危機感は薄いようです.戦前回帰の流れをなんとしても止めなければと思うのは、戦争の悲惨さを知る年寄りだけなのでしょうか.





イージスアショア なぜ秋田2019/06/12 08:18

秋田へのイージスアショア配備説明会での騒動が報じられています.そもそもなぜイージスアショア配備の適地が秋田と萩名なのでしょう.その疑問を解く推論が下記サイトにあります.一読してみてはいかがでしょう.




燦々会首都圏会’19年春季懇親会が開催されました2019/06/06 14:56

俊さんから写真とコメントが送られてきましたので掲載いたしました.ご覧ください.

5月31日、星陵会館(日比谷高校同窓会館)レストラン「シーボニア」で燦々会の懇親会が開催されました。出席者は8人、昔懐かしい話で旧交を温めた半日でした。

なを、会費2,100には驚きました。遠藤さんありがとうございました。

当日の写真を添付いたします。   写真をクリックすると大きくなります.





またやってしまいました.「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願って....いません」2019/05/15 20:09

4月30日、「退位礼正殿の儀」で、安倍首相は国民の代表として挨拶にたち,その末尾で「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願って....いません」と考えられない大変な失言をしてしまいました.
マスコミには報じられませんでしたが,ネットでは早くから話題になっていました.動画を視聴しましたが確かに「願って..いません」と聴こえましt.実は直ぐにもブログをと思ったのですが,あまりの事柄ですので書くのを控えておりました.この程,新聞広告でAFRAがことの仔細を記事にしたことを知りました.またAERAdotでも閲覧できることが分かりました.ご興味のある方はご一読してみてはいかがでしょう.

この失言について,ネットでは 願って已みません=願っやみません「已む」読めなかった?という説と明仁天皇(現上皇)に対する本音がつい出てしまったのではという心理学的な説があるようです.いずれにしろ歴史的失言をしてしまたにもかかわらず反省の気配もなく気にしている様子もないようです.この人らしいというべきでしょうか.